☆ 2023年度 説話・伝承学会春季大会プログラム
日時:2023年4月22日(土)・23日(日)
会場:天理大学 杣之内キャンパス 2号棟
共催:天理大学 歴史文化学科 後援:天理大学 文学部
【大会事務局】代表 齊藤純
〒632-8510 天理市杣之内町1050 天理大学文学部 歴史文化学科 齊藤研究室
℡ 0743-63-7179 (齊籐研究室) Fax 0743-62-1965(事務室)
Eメール j-saito@sta.tenri-u.ac.jp
【説話・伝承学会事務局】代表 伊藤龍平
〒150-0011 東京都渋谷区東4丁目10番28号 國學院大學文学部日本文学科 1107研究室
伊藤龍平研究室
*今回の大会は諸般の事情により対面方式で行い、ネットによる同時配信はいたしません。
4月22日(土)
【委員会】4階 24B教室 10:30~12:30
【公開講演会】4階 24A教室 13:00~16:30
〇開会の辞 大会事務局代表 13:00~13:10
〇松岡 薫(天理大学文学部講師)「俄の演技と伝承―北部九州地方を事例に―」 13:10~14:10
〇梶田 純子(関西外国語大学外国語学部教授)「スペイン・バスクの超自然的存在伝承―禍をもたらす妖怪か、それとも神か―」 14:20~15:20
〇千本 英史(奈良女子大学名誉教授)「紀伊国美奈倍の道祖神」 15:30~16:30
【学会賞授賞式・総会】4階 24A教室 16:40~17:40
4月23日(日)
【研究発表】4階 24A教室 9:30~12:30
①宗藤 健「長谷寺本尊養老五年造顕説の検討―『観音利益集』『源平盛衰記』を中心に―」
9:30~10:10
②小山 瞳「中国中古の異類婚姻譚の構造について」 10:15~10:55
③ハルミルザエヴァ・サイダ「アジアの「百合若大臣」―アジア大陸における〈帰還した夫〉の成立と歴史的展開を巡って―」 11:00~11:40
④横田 詩織「グリム兄弟のWechselbalg(取り替え子)観―マルティン・ルター『卓上語録』における取り替え子観との比較―」 11:45~12:25
【委員会】4階 24B教室 12:30~13:30
【食事・休憩室】3階 23A教室 *付近に食堂等はありません。各自食事をご用意ください。2号棟入口と付近に飲料自動販売機があります。
【実演と解説】「法螺貝の技と芸能」 4階 24A教室 13:30~16:30
〇解説「法螺貝の民俗」 齊藤 純(天理大学文学部教授) 30分
〇実演 山伏の法螺貝の吹鳴 森下 和広(大阪三郷大峯組行者) 30分
〇解説「奈良市田原の貝祭文」
岩坂 七雄(奈良市教育委員会教育部文化財課主幹・奈良市史料保存館館長) 30分
〇実演 祭文語り「貝祭文」 田原地区伝統芸能保存会 30分
〇映像視聴「奈良県指定無形民俗文化財 田原の祭文・祭文音頭・おかげ踊り」
(企画・制作 奈良県) 30分
〇質疑応答 30分
〇閉会の辞 新事務局代表
〈公開講演要旨〉
〇俄の演技と伝承―北部九州地方を事例に― 天理大学文学部講師 松岡 薫
熊本県阿蘇郡高森町では、毎年夏に俄(にわか)という芸能が演じられる。高森の俄は10分程度の滑稽な芝居で、世相風刺や機知に富んだ笑いの表現を多彩に盛り込んでいる点が特徴である。最近の流行や話題の出来事などを盛り込んだ新作俄を毎年7、8本作っている。俄は毎年演目が作られるため、特定の演目や演技が代々継承されてきたわけではない。また高森の場合、上演演目の記録がないため、かつての俄がどのような演技だったか、その詳細はわからない。本講演では、発表者が調査した2000年代以降の俄の演技の特徴について整理する。彼らは自由にその年の俄を作り上げているようにみえるが、一方で稽古や上演の場を観察していると「この演技は俄ではない」といった線引きをしていることが見えてくる。そこで「高森らしい」俄の演技がいかに作られ、伝承されているのかを考察する。
〇スペイン・バスクの超自然的存在伝承―禍をもたらす妖怪か、それとも神か―
関西外国語大学外国語学部教授 梶田 純子
この世の生物ではない、「超自然的存在」を表す語は、日本語でも数多くあるが、それぞれの語を使用することで、キャラクターのイメージが決定されてしまう。スペインの昔話・伝説に登場するキャラクターは、いわゆる聖人伝承やキリスト教的な「悪魔」の物語が多いのだが、スペインとフランスに跨る「バスク」など北部には、非キリスト教的キャラクターが見られる。バスクでは、特殊な言語を使用することもあり、ヨーロッパでは、特異な民族と考えられてきた。決して広くない土地に、数多くの超自然的存在キャラクターが存在し、その中には、信仰対象として伝えられている話もある。キリスト教では、神以外の超自然的存在は、「悪魔・魔女」と言われる。しかしながら、バスクの超自然的存在は、ネガティブな存在とも言い難い。それぞれのキャラクターの語りを見ながら、バスク人の宗教感を合わせて考えてみたい。
〇紀伊国美奈倍の道祖神 奈良女子大学名誉教授 千本 英史
道祖神についての伝承は、時と地域を異にしながら各地に伝わっている。『本朝法華験記』下巻一二八話「紀伊国美奈倍道祖神」は、「道祖神」の用語が記された古い例の一つだろう。同話は『今昔物語集』にほぼ同文で引かれ、江戸末期の『紀伊国名所図会』にも挿図入りで紹介されている。近年、和歌山県みなべ町の地方紙に、道路工事中「「今昔物語」に出ている道祖神にまず間違いない」石が発掘されたことが報じられた。この石が『今昔物語集』の「道祖神」でないことは確実だが、ではどのようにしてこれがそう解され、新たに祠を作って奉納されるに至ったのか、その経緯とそこにいたるまでの史料と伝承とのかかわりようについて考えてみたい。
〈研究発表要旨〉
①長谷寺本尊養老五年造顕説の検討―『観音利益集』『源平盛衰記』を中心に―
観音ミュージアム学芸員 宗藤 健
日本有数の霊験所として信仰を集めてきた長谷寺(奈良県桜井市)と、その本尊十一面観音像をめぐる縁起は、本願上人である徳道の伝記や御衣木由来譚など多様な説話的要素を内包しつつ、中世前期に成立した『長谷寺縁起文』(以下『縁起文』)をひとつの到達点として、その前後に複雑な展開をみせる。『縁起文』では本尊の造顕を神亀6年(729)、開眼供養を天平5年(733)のこととして記すが、これらの年代についても諸書に異同がみられる。このうち開眼供養の年代については藤巻和宏氏らの先行研究があるが、造顕年代の異同については、十分に検討されてきたとは言いがたい。本発表では、いわゆる『七大寺年表』(東大寺東南院経蔵本『僧綱補任』残簡)に説く長谷寺本尊の養老5年(721)造顕説に着目し、同じく養老5年説を採る『観音利益集』『源平盛衰記』所載の長谷寺縁起について、その成立の経緯と背景を考察する。両書は中世前期から中近世移行期にかけての関東における享受が想定され、『縁起文』所説の造顕年代を規定した興福寺大乗院系統の長谷寺縁起とは異なる東大寺系統の所伝が、関東の長谷観音信仰に影響を及ぼした可能性を看取し得る。そうした所伝はさらに、天和2年(1682)に撰述された鎌倉長谷寺(神奈川県鎌倉市)の縁起に原拠を提供し、近世に至るまで、「正典」たる『縁起文』所説に対する異伝として機能したのである。
②中国中古の異類婚姻譚の構造について 関西大学大学院 小山 瞳
異類婚姻譚には、異類が異界から人間界にやってきて異類婚に至るパターン(①)と、人間が異界に至って異類と結ばれるパターン(②)がある。中国中古(魏晋南北朝から隋唐時代)において、前者のパターンとしては初唐・竇維鋈『五行記』「袁双」(『太平広記』巻四二六)や晩唐・張読『宣室志』「張景」(『太平広記』巻四七七)などをあげることができ、また、後者のパターンとしては、中唐・戴孚『広異記』「虎婦」(『太平広記』巻四三一)や晩唐・薛漁思『河東記』「申屠澄」(『太平広記』巻四二九)などをあげることができる。雨宮裕子「異類婚の論理構造」(『日本昔話集成 1 昔話研究の課題』所収)にも指摘があるように、パターン①では「人間と異類の婚姻が成立するには、異類は人間の姿をとる必要」があり、「異類の男はあらゆる手段で斯界から排除され」、また異類の男が残した子も排除され、「人間の男と異類の女の婚姻は、他界にあっては成立し続けるが、斯界では必ず破綻する」(同書529頁より)。ところが、パターン②ではこの構造にあてはまらない異類婚姻譚も散見する。また、パターン①および②の折衷型といえるものもあるなど、中国中古の伝承者たちが旧来の伝承の手法を模倣しただけではなかったことがうかがえる。発表では、こうした中国中古の異類婚姻譚の伝承の変化について考察する。
③アジアの「百合若大臣」―アジア大陸における〈帰還した夫〉の成立と歴史的展開を巡って―
岡山大学グローバル人材育成院准教授 ハルミルザエヴァ・サイダ
夫が長く家を空けている隙に、他の男がその妻に求婚する。しかし、帰還した夫が求婚者を追い払い、妻を救う。民俗学研究では、こうしたモチーフを持つ伝承を、<帰還した夫>‘Homecoming Husband’と呼ばれる話型(ATU974番)に分類する。この話型の伝承には、たとえば古代ギリシアの『オデュッセイア』や中央アジアの『アルポミシュ』、日本の「百合若大臣」等が該当し、この話型が時空を超えて広く世界に分布していることが知られる。〈帰還した夫〉 は人間共通の世界観・価値観を表した普遍的な現象なのか、それとも民族から民族へ受け継がれてきた話型なのだろうか。誰も一概に答えられないだろう。本発表では、これまで「百合若大臣」に関連する研究で取り上げられていなかったアジアの伝承<帰還した夫>を紹介しつつ、アジア各地における〈帰還した夫〉の成立と歴史的展開、及び話型〈帰還した夫〉の世界文化史における位置付けについて論じる。併せて、精神分析学的なアプローチやジェンダー的なアプローチを取り、時空を超えて人々の関心を持ち続けてきた話型<帰還した夫>の普遍性、及びその普遍性の背景にある人類共通の心理について考察する。
④グリム兄弟のWechselbalg(取り替え子)観―マルティン・ルター『卓上語録』における取り替え子観との比較―
東大阪大学こども学部国際教養こども学科助教 横田詩織
グリム兄弟は『子どもと家庭のためのメルヒェン集』に1篇、『ドイツ伝説集』に5篇の合わせて6篇、取り替え子の民話を収録している。その内『ドイツ伝説集』に収録されたDS82はその典拠のひとつをマルティン・ルター『卓上語録』としている。この『卓上語録』の中で、ルターは他に自らがデッサウで実際に目にしたという「取り替え子」についても語ったとされ、その際に取り替え子とはmassa carnis、つまり魂のない肉塊だと自らの取り替え子観を披露している。このルターの取り替え子観が、後にナチス政権がT4作戦と呼ばれる障害者たちの強制的な安楽死政策正当化に利用することとなったことは、典型的なルター批判の根拠のひとつでもある。グリム兄弟はルターと異なり直接的に自らの取り替え子観を記してはいないが、彼らの編纂した2つの民話集、『子どもと家庭のためのメルヒェン』および『ドイツ伝説集』に収録された取り替え子物語を整理することで、兄弟の取り替え子観を導き出せると考える。今回は特に上述した『卓上語録』を典拠とするDS82を中心に、ルター批判の根拠とされる他5篇との共通点および相違点からグリム兄弟とマルティン・ルターの取り替え子観の特徴をそれぞれ明らかにしたい。
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