シンポジウム「説話史/説話研究史の中の実話怪談」14:00~16:30

趣旨説明:國學院大學教授 伊藤龍平  
司会:國學院大學助教 大道晴香  
コメンテーター:法政大学教授 横山泰子 
「実話怪談か。実が何であるか。―〈口承〉研究の視座から―」     本会会員 高木史人
「実話怪談における〈場所の因縁〉―説話文学研究の立場から―」                   國學院大學栃木短期大學准教授 伊藤慎吾
「怪談を体験すること、体験を怪談化すること—心霊スポットとことば—」   成城大学准教授 及川祥平  

開会の辞 16:25~16:30   國學院大學教授 伊藤龍平
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〈講演要旨〉


○「中国における亡魂の病気・怪我の治療」  國學院大學教授 浅野春二
 道教儀礼の中に死者の病気や怪我を治療する儀礼がある。これは「天医」「神薬」の力を借りて生前の病気・怪我の治療を亡魂に施すものである。こうした儀礼は、北宋から南宋の時期に行われるようになってきたが、当時そうした儀礼に批判的な道士もいた。すなわち、病気や怪我は肉体があるからこそ存在するのであって、肉体が朽ちて土となってしまえば消え去ってしまう、亡魂に対して治療を施すのはおかしい、とするのである。そしてそのような儀礼を行うべきではないとして、自身が編纂した儀式書から削除している。その一方で、ある儀式書では、肉体が滅すれば病気なども消失することは認めつつも、人々の「妄念」を除くためにこうした儀礼を行わなければならないものとして、その意義を強調している。このような言説をふまえつつ、亡魂の病気・怪我を治療する意義や方法について考えてみたい。

○「ユニバーサルデザインとしての歌と語りの人類学―イギリスと日本のフィールドから―」         立命館大学教授 鵜野祐介

 歌謡や説話の伝承の様式として、「書承」と「口承」に大別され、後者は「口から耳へと伝え承るもの(=口伝)」であり、「聴覚」が主要な感覚器官として機能する。これが通説であろう。しかし、聴覚障害者の社会には手話言語によって歌謡や説話を伝承する「ろう文化」があるように、人類史の観点から歌や語りを捉え直してみる時、伝承の様式は、触覚を基底として聴覚・視覚・嗅覚・味覚に分別される五感の全て、および「第六感」も含めた六つの身体感覚が協働しているものと修正される。そして、仮にどれかが失われている場合には、他の諸感覚が代替し補完して機能するのであり、「障害」の有無やその種類に問わず、誰もが楽しめる歌や語りの伝承の様式があるに相違ない。これを「ユニバーサルデザイン」と規定して、10年来考察してきた。この講演では、「文化的ダイバーシティ」と「文化的エコロジー」をキーワードとして、イギリスと日本における理論と実践の具体例を紹介しながら、ユニバーサルデザインとしての歌と語りの可能性について探っていきたい。
 
「物語の宿と出世譚」     学習院女子大学名誉教授 徳田和夫
 中世以降のこと。諸国の街道が整うと、連歌師や芸能者が都鄙を往来し、衆庶の寺社巡礼も盛んとなった。伴って、宿や茶店は布施として、泊まりの手配や湯茶の振る舞いをするようになった。旅の者は各地の伝説や自らの苦労話、身の上話を披露した。物語は人びとを睦び合わせた。
お伽草子(室町物語)の『の』や『せつたい』、そして『物語』がかかる場面を紡ぎ出している。また謡曲の『』では、山伏が屋島の合戦を物語り、老尼や遺児は涙した。まさに哀しみの語り物である。そうした〔物語の宿〕の風景をうかがわせる書きとめを新たに紹介する。主人公は著名な実在上臈であり、物語は話型に沿っており、公家女房の周辺で語り継がれていたとも考えられる。


〈発表要旨〉


○「伝承に築かれた「野蛮」なジャーヒリーヤ時代:子殺しを巡って」   

大阪大学大学院 洪砺 

子殺しとは乳児または子孫を意図的に殺害することであり、民族を問わず人類の歴史において普遍的な行為と言える。アラブ世界も例外ではない。『クルアーン』には、ジャーヒリーヤ時代のアラブ人に行われ、供犠や間引などの理由による子殺しを禁止する啓示が散見される。例えば、「また困窮を恐れておまえたちの子供たちを殺してはならない」(17:31)などがそれにあたる。これらの啓示を解釈するために、クルアーン注釈家や歴史家などのイスラーム学者はこの現象に関わる伝承を盛んに語っている。ただし、ジャーヒリーヤ時代の子殺しに纏わる伝承にはいくつかの問題が存在している。第一に、伝承では子殺しを「女児殺し」に限定する傾向が強い一方、『クルアーン』の啓示あるいは考古学的発見にはこの傾向を支持する証拠が足りない。第二に、伝承が食い違う点があり自己矛盾をはらんでいる。第三に、子殺しの伝承を語る一部の信憑性が疑われている。本発表では、クルアーン注釈書や歴史書などの文献資料及び考古学的発見を活用し、ジャーヒリーヤ時代の子殺しを紹介しながら、この慣習に纏わる伝承を整理し、検証してみたい。

○「インドやその周辺地域の〈百合若大臣〉― 類話の起源をめぐる一試論」

岡山大学グローバル人材育成院 ハルミルザエヴァ・サイダ

 夫が長く家を空けている隙に、他の男がその妻に求婚する。しかし、帰還した夫が求婚者を追い払い、妻を救う。民俗学研究では、こうしたモチーフを持つ伝承を、〈帰還した夫〉‘Homecoming Husband’と呼ばれる話型(ATU974番)に分類する。この話型の伝承には、例えば、古代ギリシアの『オデュッセイア』や中央アジアの「アルポミシュ」、日本の「百合若大臣」等が該当し、この話型が時空を超えて広く世界に分布していることが知られる。日本の「百合若大臣」は厚い研究史がある。その成立には、坪内逍遙の『オデュッセイア』翻案説や津田左右吉の国内発生説等、様々な仮説が立てられた。また、「百合若大臣」と共通モチーフを持つものとして、インドの『マハーバーラタ』や仏典の「善事太子と悪事太子の物語」、ネパールの「カールパキユー物語」、中国の『白兎記』「凱剛と凱諾の物語」「兄と弟」、韓国の「不老草を求めに行く」『積成義伝』等、インドから日本までの中間地域において確認された、多くの伝承が紹介されてきた。本稿では、バルーチの「セイ・ムリド」等、「百合若大臣」に関連する研究の中でこれまで注目されていなかったインドやその周辺地域の伝承を紹介しつつ、「百合若大臣」とインドやその周辺地域の伝承との関係を探り、一元発生説と多元発生説といった類話の起源を説明する仮説について再考察を試みる。


○「貧乏神の誕生」     國學院大學大学院 羽鳥佑亮

 貧乏神の濫觴について、先行研究では多く民間の信仰における中世以来の厄神の系譜にあるとする。しかし、先行研究の依拠する文献等は妥当とはいえず、推測の域を出ない。すなわち、貧乏神観念の成立と定着の過程は現状では判然としない。そこで本発表では、貧乏神観念の成立と定着を次のように考察する。まず、貧乏神に近い存在は中世の仏教説話にあらわれるが断絶する。後に繋がる貧乏神観念は、中世末の諧謔において福神の対をあらわしたことに端を発すると考えうる。さらに、貧乏の擬人化であるとしたことにより、諧謔に並行し教訓に用いられる。これにより貧乏神観念が広まり、後には神格までをも認められ、一部においては信仰されるに至った。すなわち貧乏神観念は、諧謔により成立し、教訓により定着し、再解釈されて信仰に至るという、三つの段階を経て展開しているといえるのではないか。貧乏神を民間の信仰を基とする存在ではなく、文芸における観念として検討する。

○「祝福芸能の伝流――踏歌・千秋萬歳・田遊びの共通性について」

國學院大學大学院 宮嶋隆輔

 宮中・社寺における正月行事の「踏歌」(男踏歌)、年頭の門付け芸「千秋萬歳」、社寺の正月祭礼での「田遊び」。これらはいずれも祝言・招福を基調とする正月の祝福芸能であるが、相互の関連性については指摘されていない。たとえば一条兼良『源語秘訣』に「末代には千秋萬歳など云は、男踏歌の余風なり」という説が見えるものの、今日の研究では「共通するところは、年初をことほぎて歌舞するという点だけであって、その形式にも内容にも類似性が乏しく」(盛田嘉徳)と否定的に評価される。ところが実際に三者の芸能伝承(詞章・芸態・言説)を整理・比較すると、多くの共通点が浮かび上がる。 
 踏歌と千秋万歳の共通性――唐人との関わり、禄物・酒肴、扮装性、綿を頭部に飾ること、ヲコの話芸、福物の奉献、「袋持」役の存在、二者による掛け合い。
千秋万歳と田遊びの共通性――「鍛冶」詞章の酷似。「鉄製品を作り、それを上位の神・貴人に捧げる」ストーリーの共通。
 踏歌と田遊びの共通性――対句表現などの類似。「鉄製品を作り、聖なる樹木を伐り出し、神に捧げ、農具を作り、農を営む」ストーリーの共通。
 このように三種の祝福芸能の芸能伝承(詞章・芸態・言説)に無視しがたい共通性が含まれていることを指摘する。  

○「真名本『曾我物語』安日伝承・再考――中世エゾ認識との関わりから――」

池坊短期大学専任講師、華道文化研究所研究員 星優也

 曾我兄弟の仇討ちを描く『曾我物語』のうち、真名本の冒頭には神話記述がある。神名は、『古事記』『日本書紀』に見られないものだが、なかでも神武天皇譚においては、「鬼王安日」なるものが登場する。安日は、神武天皇と争って敗れ、津軽外ヶ浜に流されて「醜蛮」になったと書かれる。「醜蛮」は、エゾと読ませており、中世当時における北奥から夷島のエゾ(蝦夷・夷・ゑそ)と呼ばれた人々を指すことは明白である。この安日追放譚は、安日の末裔を称した三春藩秋田氏の系図(『秋田家系図』)において、長髄彦の兄「安日王」として登場することが知られたが、戦後の研究で『曾我物語』に見られることが指摘され、軍記物語研究と北方史研究が注目した。安日は、津軽安東氏の遠祖伝承をはじめ、戦後の偽書「東日流外三郡誌」にも登場することで注目されてきたが、同時代東国のエゾ認識をめぐる変遷過程において、なぜ神武天皇の東征伝承がエゾ起源譚として読み替えられ、その首魁を「安日」としたのか。解決していないことが多いのである。本報告では、安日追放譚を「中世エゾ神話」として読む。エゾをめぐる同時代の認識を関連させつつ、真名本『曾我物語』安日追放譚の達成と位置づけについて考察する。

○「牛方山姥の主人公の職業―『日本の昔話』の「牛方と山姥」から―」

昔話伝説研究会 関根綾子

 柳田国男の『日本の昔話』掲載の「牛方と山姥」の典拠は、外山暦郎『越後三条南郷談』である。『日本の昔話』(『日本昔話集』も同じ)と『越後三条南郷談』のあらすじは、ほぼ同じである。しかし、主人公の職業が異なる。『日本の昔話』は牛方だが、『越後三条南郷談』では魚売りである。柳田国男は、牛方や馬方がこの話を伝播し、伝播者が話の主人公になったと述べる。確かに、この話は牛方や馬方が主人公のことが多い。しかし、新潟県で伝承される話の主人公の職業は、大半が魚売りである。以前、東北地方と中国地方の主人公の職業と運送手段を調査し、両者が結びついていることを明らかにした。(拙稿『牛方山姥』の牛と馬」『昔話伝説研究』37号2018年)新潟県の魚や塩の運送手段を調べることにより、柳田国男が『日本の昔話』で主人公の職業を牛方にした理由がわかると思われる。新潟県での牛方山姥の主人公の職業と運送手段の関係、話の伝播者についても考察したい。

〈シンポジウム趣旨〉


「説話史/説話研究史の中の実話怪談」  國學院大學教授 伊藤龍平

 昨今、流行している「実話怪談」(「怪談実話」とも)という語は、一九九〇年代に、木原浩勝・中山市郎編『新耳袋』において積極的に使われ始めた。今日に続く怪談ムーブメントを象徴する語である。その特徴を端的に言うと、作為を排除し、話し手/書き手が体験した、或
いは聞いた話を、そのまま聞き手/読み手に届けることにある。語を換えれば、話のトピックとなる出来事(怪異体験)との向き合い方が、実話怪談と従来型の怪談(文芸怪談、創作怪談)とを分かつといえよう。その意味で、実話怪談は通時的に使用可能な概念である。今日、実話怪談のライブは各所で行なわれ、テレビ番組や動画サイト等でも発信されている。また、出版不況と言われる中でも、実話怪談を扱った書籍は安定して刊行され続けている。現代の説話を考えるうえで、実話怪談は無視できない分野となっている。本学会では、昨年の冬季大会(二〇二三年一二月一六日)において、飯倉義之氏、吉田悠軌氏にご登壇いただき、実話怪談に関する知見を披露していただいた。今回のシンポジウムではそれを受けて、三人のパネリストにそれぞれの専門分野から実話怪談を考察していただくことにした。すなわち、実話怪談の声の文化としての面には高木史人氏に、文字の文化としての面には伊藤慎吾氏に、体験する文化としての面には及川祥平氏にアプローチしていただく。そして、説話史/説話研究史に実話怪談を位置づけようという試みである。司会は現代の怪異文化に造詣が深い大道晴香氏に、コメンテーターは近世から近現代にかけての怪談文化が専門の横山泰子氏にお願いした。今後、更なる発展が望まれる分野である。本シンポジウムを以て学史に一石を投じられることを望む次第である。

司会:國學院大學助教 大道晴香  
コメンテーター:法政大学教授 横山泰子 

「実話怪談か。実が何であるか。―〈口承〉研究の視座から―」  本会会員 高木史人

「実話怪談における〈場所の因縁〉―説話文学研究の立場から―」  國學院大學栃木短期大學准教授 伊藤慎吾
「怪談を体験すること、体験を怪談化すること—心霊スポットとことば—」  成城大学准教授 及川祥平

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2023年度 冬季大会は2023年12月16日に開催されました。

  2023年度 冬季大会

飯倉義之(國學院大學教授)
   「説話/民話/怪談一話を集めるといういとなみに注目してー」

吉田悠軌(怪談師・怪談研究家)
   「誰かの不思議な体験を語ること一実話怪談の現場からー」

 冬季大会の講演録画です。許可を得て期間限定で公開します。

 「講演記録」の文字をクリックしてください。

その他の内容につきましては、「過去の大会」ページをご参照ください。

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☆委員会 2023年4月22日(土)  10時~12時

☆委員会 2023年4月24日(日) 昼休み

委員会 2023年6月25日(日) 10時~12時

委員会 2023年10月8日(日) 10時~11時

委員会 2023年11月18日(土) 10時~12時

☆委員会 2023年12月16日(土)  17時30分~18時30分

☆委員会 2024年1月20日(土)  10時30分11時30分

☆委員会 2024年2月11日(日)  10時30分11時30分

☆委員会 2024年3月17日(日)  10時30分12時00分

☆委員会 2024年4月20日(土)10:30~  國學院大學渋谷校舎5301教室 ※対面

    2024年3月27日更新 文責 広報担当 木下資一

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