〈春季大会講演要旨〉
「王の無病長生と防疫―平安期における宮廷儀礼としての「初亥餅」―」
静岡文化芸術大学准教授 宮崎千穂
歴史上、「初亥餅」「亥日餅」「玄猪」「亥の子」「ゐのこ」などと呼ばれてきた旧暦十月の亥の日の行事は、今日においても、西日本を中心として日本各地で行われている。この行事は、古代中国より伝来し、十月の亥の日に餅を食べれば無病となるとなるといわれてきた。「初亥餅」の日本における文献上の初出は『宇多天皇期御記』であり、宇多天皇期にそれが宮廷の年中行事として採用されたといわれる。本講演では、平安期における宮廷儀礼としての「初亥餅」の成立とその意味について改めて検討し、それが王(天皇)の無病長生を願い、疫病の防遏を目的とするものであったことを明らかにする。
「中世・近世の文芸作品と馬術書」 長野県立大学教授 二本松泰子
中世以降、我が国では馬術の流派が多数成立し、それと連動して伝書(馬術書)が大量に制作された。それらは、中世・近世の文芸作品と密接な相関関係を有し、独自の文芸的営為を展開している。たとえば、中世の文芸作品の中には馬術書の影響を受けた言説が散見する。その一部は、朝鮮の馬医書を出典とし、東アジアで広く共有された馬の言説としての様相を呈している。また、近世の馬術書の中には、先行する文芸作品の説話を利用して、実態のない馬術の伝統性を創出している事例がある。本講演では、こういった事例を個々に取り上げ、中世・近世の文芸作品と馬術書との関係性について紹介する。
「中国における祖霊と穀霊」 泉屋博古館名誉館長 小南一郎
日本民俗学が稲のたましいと祖霊との関係について詳細な探求を行ない、大きな成果を挙げてきたことはよく知られている。中国の農耕儀礼もまた祖先祭祀と密接な関係を持っている。ただ中国の場合には、南方の稲作地帯から、麦作地帯、高粱などを耕作するアワ作地域と、多様な農耕が行なわれており、それぞれの農耕にかかわる儀礼には差異があったと推測される。ただ、その差異については、まだ十分には検証はされていないように煮える。この報告では、新石器時代以来、墓中に副葬されてきた倉庫模型を中心に、中国における穀物と魂との関係について考えてみたい。
〈春季大会研究発表要旨〉
「八十嶋祭とタカヒコネ神話」 本学会会員 川谷真
八十嶋祭(八十島祭)は、古代から中世まで実修されたという、ヤマト政権の儀礼である。説話学の領野ではこの儀礼について、応神天皇伝説や、国生み神話と結びつけて理解する説が、比較的有力視されてきた。しかしここでは、『出雲国風土記』(仁多郡条)にあるアヂスキタカヒコネ神話との関係に注目してみたい。
風土記のタカヒコネ神話と、八十嶋祭との共通性(「八十嶋、すなわち多くの島をめぐる」という基礎的な性格の一致など)は、複数の論者により指摘されてきた。が、記紀のタカヒコネ神は、国譲り神話に端役として登場するだけで、ヤマト政権にとって、特に重要な
神ではないようにみえる。ただし『古事記』では、「迦毛大御神」とも呼ばれており、アマテラスらと並び立つ大御神の号をもつことは、重視されて然るべきだろう。
古代の天皇の中で、タカヒコネ(その主な奉斎氏族であるカモ氏)との特別な関係をうかがわせるのは、継体天皇(その一族)だ。継体の祖先は「凡牟都和希王」とされており、ホムツワケと言えば、タカヒコネ神話と酷似する伝説の主人公である。継体の墓(今城塚古墳)が、三島鴨氏の本拠に置かれたのも、カモ氏との同族意識によるのだろう。おそらく八十嶋祭とは、本来は継体一族の成人儀礼か、族長就任の儀礼だった。六世紀前半以降、継体の子孫が天皇位を世襲したことで、ヤマト政権の儀礼に組みこまれたものだろう。
「伝承文学研究の形成と筑土鈴寛」 弘前学院大学学教授 伊藤慎吾
大正末期から昭和初期にかけて、文学の民俗学的研究(本発表ではこれを伝承文学研究と呼ぶ)が新しい方法として、折口信夫の周辺で開拓されつつあった。
折口による沖縄、壱岐や三信遠の調査は大学や長野での講義の中で文学史の構成要素として消化され、独自の歴史叙述を生み出していった。その一方で柳田國男もまた『義経記』の成立論の体裁を採った物語・語り物の伝承伝播論を発表し(「東北文学の研究」1926年)、伝承文学研究の規範の一つとして影響を与えていった。 そうした状況の中で文学、民俗学の両面から関心を持たれていた対象が『神道集』と甲賀三郎譚であり、当時この二つを深く追及していた研究者が筑土鈴寛であった。中世仏教文学・説話文学から伝承文学研究に研究範囲を広げていった筑土は、横山重による中世物語資料の出版事業にも関わりながら、これらの研究を進めることで、昭和戦後期の、中世の唱導文芸に比重を置いた伝承文学研究の基礎を構築していったのではないだろうか。本発表では、こうした伝承文学研究の形成期における筑土鈴寛の意義を考察していきたい。
〈春季大会シンポジウム趣旨〉
基調講演
「お茶の来たみち―茗と茶の背景―」
静岡市歴史博物館名誉館長 中村羊一郎
現在、広く愛飲されているペットボトル茶は、日本で開発された煎茶が原料である。さかのぼれば、本来は急須で淹れるお茶であり、さらにその前は生葉を蒸して天日干しした茶葉を煮出す、文字通りの煎じ茶であった。チャという植物は中国西南部を源境とし、その薬効が認識されることで東西に拡大していった。日本へは中国から伝わり、すでに平安時代初期には飲用の記録があるが、茶を食べる文化も東南アジアに分布している。茶栽培は神や王によって種子が下賜されたことに始まるという伝説は、茶に種々の薬効があるために飲用・食用ともに茶が高い商品価値があることから生まれた。こうした事実をふまえ、東南アジア、中国辺境、そして日本に至る茶の種々相を現地調査の成果をもとに体系化してみたい。
テーマ発表
「ドイツの街道と伝説」
関西学院大学非常勤講師 蚊野千尋
ドイツの街道といえば、日本では「ロマンチック街道」と「ドイツ・メルヒェン街道」がよく知られている。この他にドイツには150以上の観光街道が存在する。観光街道とは特定のテーマに関する観光地を繋げたもので、街道のテーマは特産物、産業、自然、歴史、行事など多岐にわたる。
ドイツの伝説に関する街道には「ローレライと古城街道」や「ライン地方の伝説街道」などがある。また、「ドイツ・メルヒェン街道」はグリム童話やグリム兄弟に関する街道だが、順路には「ハーメルンの笛吹き男」伝説の舞台である「ハーメルン」も組み込まれている。本報告では、街道に組み込まれている伝説を取り上げながら、その特徴について考察する。
「シルクロードの宗教と伝承」
静岡文化芸術大学教授 青木健
陸と海のシルクロードは、西アジア・南アジアと東アジアを結ぶ文化の回廊だった。今回は、海のシルクロードに関しては白犬を、陸のシルクロードに関しては白狐を取り上げる。従来は孤立的な現象だと捉えられていたこれらの宗教文化は、実際には南アジアから西域を通って日本まで伝播した文物かも知れない。
「昔話の変容と街道―「牛方山姥」を事例として―」
昔話伝説研究会会員 関根綾子
昔話を語る時、語り手はかつて聴き手だった時に思い浮かべた場面を思い起こしながら語るそうである。例えば話の場面が山ならば、地元の山をイメージするそうだ。本発表では、昔話の「牛方山姥」を取り上げる。「牛方山姥」は、牛方が村へ積荷の魚を持っていく時、魚を山姥にすべて食べられてしまうが、最終的に牛方が山姥を退治するという昔話である。積荷の魚は、漁場から街道を通じて村に運ばれる。語り手は村に魚が運ばれてきた時の記憶を思い出しながら語るのだろう。街道が「牛方山姥」の変容に関与していることを、各地の事例を挙げながら考察していく。
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☆委員会 2025年4月19日(土)11:00~ 静岡文化芸術大学
☆委員会 2025年4月20日(日)11:45~ 静岡文化芸術大学
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2025年4月28日更新 文責 広報担当 南郷晃子・木下資一